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正字のルーツ

こんな雑文でも一応著作権法で守られています。無断転載はしないでください。(2005. 6. 26)

〈正字〉と〈旧字〉の違い
幕末以降、日本でも鋳造活字が作られるようになりました。鋳造活字の主流書体は明朝体です。明朝体を作るときに字体の参考にしたものが『康熙字典(こうきじてん)』です。『康熙字典』は、清の四代目の皇帝の康熙帝が編纂させた字典です。この字典の字体が〈康熙字典体〉あるいは単に〈字典体〉といわれるもので、これが清時代の〈正字体〉です。〈字典体〉はそれまでの日本人が読み書きしていた〈通字(書写体)〉とはまったく違うものでした。1949年4月28日、〈当用漢字字体表〉が示されました。これが現在の〈常用漢字〉に続く〈新字体〉といわれるもので、〈新字体〉に対応するそれ以前の字体を〈旧字体〉というようになりました。ですから〈正字〉と〈旧字〉は意味は違うのです。〈正字〉に対応するのは〈通字(書写体)〉や〈俗字〉。〈旧字〉に対応するのは〈新字(体)〉や〈拡張新字体〉です。

唐代の字体の見直し
唐という国は儒教によって国を治めようとしました。時の皇帝・太宗=李正民(在位626〜649)は儒教の教本として『五経正義』の作成を命じました。そのテキストの校訂をしたのが顔師古(581〜645)で、校訂したテキスト全体が貞観7年(633)に完成した『顔氏定本』です。『顔氏定本』には異体字を書き出し、その是非を定めた書物が添えられました。それが『顔氏字様(がんしじよう)』です。字体の見直しは顔元孫(660?〜732?)による『顔氏字様』を底本とした『干禄字書(かんろくじしょ)』、 張参による『五経文字(ごけいもんじ)』(大暦11(776)年)、唐玄度による『九経字様(きゅうけいじよう)』(太和7(833)年)に受け継がれて完成しました。『五経文字』と『九経字様』は、のちに『石経(せっけい)』(開成2(837)年)に刻まれました。正式名は『九経石刻』または『開成石経』です。※参考資料:大島正二著『漢字と中国人』(岩波文庫)
つまり、正字には、唐代に作られた楷書の正字と、清代に作られた明朝体(字典体)の正字があります。正字の「しんにょう」は「2点しんにょう」だと思っている方がいらっしゃいますが、これは明朝体(字典体)の正字であって、楷書の正字では「1点しんにょう」です。

〈正字〉〈通字〉〈俗字〉
唐時代、『干禄字書(かんろくじしょ)』顔元孫(660?~732?)は、『顔氏字様』を底本とし、科挙の標準字体を定めました。1658字の楷書(かいしょ)の異体字をあげ、はじめて〈正〉〈通〉〈俗〉の〈字体〉が決まったのです。
〈正〉は確かな典拠がある字体で、天子に答える論文、石碑、科挙の答案などに用いる。〈通〉長い間慣用されている字体で、上奏文、公式の書簡、判決文などの公文書などに用いる。〈俗〉公文書の文案、私的な書類、薬の処方箋などに用いる。※参考資料:高島俊男著『漢字と日本人』(文春新書)
と決まっています。つまり、正字というのは皇帝に対しての公式な文書や科挙の試験など、特別な場合にだけ使われた楷書の字体で、一般的には通字が使われていたのです。正字は、唐時代に楷書の字体を定めたものですから、楷書よりも前の隷書(れいしょ)には正字はありません。もちろん行書や草書にも正字はありません。また、あたりまえの話ですが、正字でないものが誤字ではありません。

正字を見極める根拠
『干禄字書』で正字を見極める根拠にしたのが、許慎(きょしん)が著わした『説文解字(せつもんかいじ)』永元12年(100)という漢字の成り立ち字書に掲載されていた〈小篆(しょうてん)〉です。〈小篆〉というのは紀元前200年ごろに使われていた書体です。つまり〈正字〉というのは〈篆書(てんしょ)〉の字体を〈楷書〉に当てはめたものなのです。『説文解字』では「吉」の横線が上の棒がたまたま長かったために、〈士+口〉が正字になりましたが、篆書での「吉」の横線は上が長くても短くても同じ長さでも良いものです。〈通字(書写体)〉では「吉」は〈土+口〉です。また「高」という字は古代文字では〈はしご高〉ですが、『説文解字』には〈くち高〉が書かれています。これは字源的には『説文解字』の間違いなのですが、その間違いが正字に採用されているのです。

説文解字
『説文解字(せつもんかいじ)』は、漢字をはじめて〈部首法〉によって分類・配列した字書です。部首数は540。親字は9353字。解説の合計字数は133441字です。漢字の成り立ちを〈象形〉〈指示〉〈形声〉〈会意〉〈仮借〉〈転注〉の〈六書(りくしょ)〉として分類しました。この6つの中で、象形と指示を〈文(もん)〉といい、その他を〈字(じ)〉といいます。それをあわせて〈文字〉です。『説文解字』というのは〈文を説き、字を解く〉という意味です。「漢字は象形文字だ」といわれますが、〈象形〉文字が漢字全体に占める割合はそれほど多くはありません。今日のほとんどの漢和辞典が『説文解字』の説をとっていますが、20世紀になってから発見された〈甲骨〉などの古代文字の新資料から再検討すると、誤りも少なくないのです。その誤りを正したのが、文字学の巨人・白川静博士です。

文(もん)と字(じ)
『説文解字』の〈六書(りくしょ)〉とは以下のようなものです。
1)〈象形〉絵からできたもの。
2)〈指示〉線の上に点を書いて上とか、下に点を書いて下とか。
3)〈会意〉人+言で信とか、ほこ+止で武とか、意味のある字2つ以上を合わせたもの。
4)〈形声〉江や河の〈さんずい〉が水を意味するというように、限定府(意符)に意味をもたない音(声符)を加えたもの。
5)〈仮借〉もともと「舞」を意味していた「無」を、後に「無い」という抽象的な意味に使ったものなど。
6)〈転注〉これには学者のあいだでも、一定した解釈はありません。

手書き文字は〈通字(書写体)〉
〈正字体〉のルーツは唐時代まで遡ります。〈正字〉は〈篆書(てんしょ)〉の字体を〈楷書〉にむりやりあてはめた〈字体〉です。〈正字〉は皇帝用に作られた字体で、一般に手書きで書かれていたのは〈通字(書写体)〉です。書道での楷書は、〈通字(書写体)〉を書きます。〈新字体〉〈拡張新字体〉〈正字〉のいずれも書道で書くとちょっとはずかしいです。書道字典(『五體字類』を除いて)には〈正字〉は載っていません。唐時代の〈正字〉『康熙字典(こうきじてん)』と日本の〈旧字〉では、字体が違うものもあります。たとえば〈天〉は『康熙字典』でもその後の日本の明朝体でも上の横画が長いのですが、唐時代は〈正字〉でも〈通字(書写体)〉でも上の横画が短いのです。つまり、〈天〉の上の横画が長いのは、明朝体(字典体)としての様式なのです。私の個人的な意見ですが、やはり手書きの文字は〈通字(書写体)〉が良いと思います。〈通字(書写体)〉は長い年月を経て洗練されてきた字体だからです。

2005. 6. 26 大熊肇(グラフィックデザイナー/筆文字書き)