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将棋の「歩兵」の裏の字は「と」ではなく、
「今」という字の草書である?

こんな雑文でも一応著作権法で守られています。無断転載はしないでください。(2003.10.4〜)

ことの発端はまたもやバーです。
ボク……インディーズのCDをデザインしてさ、歩ちゃんていうんだけど、本人がジャケットの表に入れる字は「歩」だけでいい、っていうんだよ。でもさ、「歩」だけだと「ふ」って読まれちゃうよ、って説得して漢字の他に「AYUMI」って入れたんだよ。「歩」だけにして裏ジャケに「と」って赤い字で入れても面白かったかな(笑)
でもさ、将棋の「歩兵」の裏ってなんで「と」なんだろうね? 青ちゃん知ってる?
バーテンダー・青柳……わかりません。なんでなんでしょうね?
ボク……中さん、物知りだからしってるかな。お〜い、中さん、将棋の「歩兵」の裏ってなんで「と」なのか知ってます?
バーテンダー・中島……わかりませんよ〜。
こんな調子で「と金」調べがはじまったのです。

インターネットで調べてみる

まず、「google」に「歩 裏 なぜ と」と打ち込み、検索してみました。するとかなりの件数がヒット。次々に読んでみましたが、それをまとめるとおおむね次のようなものでした。

▲実は、この「と」いう文字は「金」のくずし文字であって正確には「と」ではなく、
極めて「と」に似ている字なのです。カタカナで「ト」と書かれているのは明らかに誤りです。

▲実は、この文字、「金」という漢字の “くずし文字” なのです。
正確には、「と」ではないのですが、極めて「と」に似ているということなのです。
銀や香車、桂馬の裏にも「金」のくずし文字が書かれていますが、それぞれ、その崩し方が違っているはずです。
つまり、「歩」の場合のくずし方が、たまたま「と」に似ているだけでのことなのです。
カタカナで「ト」と書かれているのは明らかに誤りです。

▲昔は、歩の裏にもきっちりと「金」と書かれていたという。ただ、歩の数はやたらと多い。このため、いちいち金と書くのは面倒だと、金の文字をくずして書くようになったというわけ。
つまり、歩の裏の「と」の字は「金」のくずし字なのである。それにしても、大胆なくずし方ではある。

▲「歩」が裏になる(成る)と、役目は「金」と同じくなるのは知ってのとおりですね。。 実は、この「と」という字は「金」のくずし文字なのです。 正確には「と」ではないのですが、とても「と」という文字に似ているということなのです。
ここで少し考えてみましょう。 「桂馬」が裏になるとどうなりますか??それは、「歩」と同じ「金」の役目をしますね。 なのに「桂馬」の裏は、「と」ではありません。 少しだけくずれた「金」とわかる文字ですね。
このように、ちゃんと役目を果たす文字が書いてあるのです。 だから、コンパクト将棋などの「歩」の裏にカタカナで「ト」などと 書かれているのは、大きな間違いなのです。

要するに「と」は「金」の草書だというのです。

それにしても「金」を「と」に崩すとは大胆ですね。どんなふうにしたらそうなるのでしょう。

柏書房「くずし解読字典」から抜き出した「金」の草書です。
「と金」のように崩した字はありませんね。

「 金」の「ひとやね」の部分は草書では左のような形になります。「金」の中身を一つの点に省略しているというのでしょうか。この「やね」の下に「、」をひとつ打てば「と」と読めなくもありません。でもそれは「今」という字の草書と同じ字体です。

 柏書房「くずし解読字典」から抜き出した「今」の草書です。「金」の略体とされるものが左の「今」の草書とかなり似ていたのは容易に想像できます。これがいつのころからか「と」と誤ったのだと思われます。

 では、いつごろから「金」を「と」と誤ったのかインターネットで調べてみました。
 酔棋さんの「駒の詩」というサイトをみつけ、事情を伝え、「金」の略体がいつごろから「と」と誤ったのか資料を貸してほしい、とお願いしたところ、快諾をいただきました。また、「金」の略体が「今」も草書と似ていることもお伝えしたところ、「歩兵」の裏の字は「今」の草書そのものである、という説もあることを教えていただきました。
ちょうど同じ頃、「PP-net」という出版関係者のメーリングリストに、「歩兵」の裏はなぜ「と」なのか調べている、と流したところ、法政大学出版会の秋田公士さんからも、「歩兵」の裏の字は「今」だという説が、法政大学出版会から発行した本にでている、とのメールをいただきました。
 後日、酔棋さんのお宅におじゃまして、資料を見せていただきました。その数日後、ご親切に秋田さんからその書物のコピーが送られてきました。どちらも同じ資料でした。その後知ったのですが、「今金説」はその本と同じ著者が新書に書いていて今でも手に入ります。増川宏一著『将棋の駒はなぜ40枚か』集英社新書。

「歩兵」の裏は「と」ではなく、「今」の草書だった?

 増川宏一著『将棋の駒はなぜ40枚か』集英社新書 68ページ から引用します。

――「歩兵」の駒の裏は、一見すると「と」(「止」の崩し字)のように思えるが「今」の崩し字である。中世以来近世も、発音が同じであれば当て字を用いたり同様の字として使用されてきた。
 「金」は「今」と同じか、「金」の代わりに「今」が使われた。有名な能楽師の金春大夫は度々今春大夫と書かれ、その中世文書も現存している。

 つまり、「金(きん)」の当て字として音の同じ「今(きん)」が使われていたというのです。万葉仮名的な用法ですね。これには感動しました。
 でも、「金」の中身を「、」に省略したというのもまったくあり得ないことではないとおもわれます。「圓」の中身を「、」に略して「円」という俗字になった例もありますから。金春大夫が今春大夫と書かれていた件にしてもそれが、「金」の当て字としての「今」なのか、「金」を略した結果「今」と同じ字体になったのかは、この本を読んだかぎりではわかりません。古文書に詳しい方のご意見をいただければ幸甚です。

「今」がいつから草書になったのか。原字の書かれた時期がはっきりしませんが、下の表にまとめてみました。

資料提供:増山雅人(酔棋)さん
〈駒の詩〉http://8ya.net/suiki/

上記の表のPDFデータ